化学メーカーの企業研究のポイント
はじめに
前々回、前回のコラムで化学業界の特徴や仕事内容、志望動機の例をお話ししてきました。各企業の特徴をよく理解し、自分の考えややりたいことと絡めながら話すと、より納得感のある志望動機になります。今回のコラムでは個別の企業について分析する方法や注目すべきポイントについてお話していきます。
化学メーカーの企業研究のポイント
企業の特徴を横並びで確認するにあたっては就職四季報など企業情報が一覧になった本やホームページを見ることが有効です。しかしより企業のことを深く知るためには、各企業のホームページや有価証券報告書、決算説明資料を見ることをお勧めします。企業研究のやり方やポイントは上げればきりがありませんが、ここでは企業が公表している資料や情報から分析・確認できる注目すべき主なポイントを、実際に個別企業をみながらご紹介いたします。
⦁ 事業内容をみよう
時代の流れととともに社会が必要とするモノ・素材・技術は変わっていきます。グローバル市場の中では海外の企業がライバルとなり、経営環境も日々変わります。それらに合わせて化学メーカーも販売する製品、注力する事業を変えています。
<富士フイルム>
富士フイルムは写真フイルムの分野で世界的に成長してきた企業です。デジタル化や写真フイルム需要の減少という逆行の中、創業以来培ってきた技術力を活かして事業を開発し、現在は「ヘルスケア」や「高機能材料」などを中心とする多角的な事業を展開しています。
富士フイルムグループは、大きく3つのセグメントで事業を展開しています。インスタントカメラの「チェキ」やデジタルカメラなど、写真関連の製品・サービスを提供する「イメージングソリューション」、主にBtoB向けのヘルスケアと高機能材料分野の製品・サービスを提供する「ヘルスケア&マテリアルズソリューション」、複合機・プリンターなどオフィス関連製品・サービスを提供している「ドキュメントソリューション」です。
2019年度の各事業の売上比率を見てみると、ヘルスケア&マテリアルズ ソリューションが売上全体の44%を占め、富士フイルムの主力事業となっています。さらにヘルスケア&マテリアルズ ソリューションの中身をみてみると、ヘルスケア事業が最も多くの割合を占めています。ヘルスケア事業とは人々の健康に関わる、予防・診断・治療の3つの領域で、メディカルシステム、医薬品、バイオCDMO、再生医療、ライフサイエンス事業を指します。
出所:富士フイルムホールディングスHPより作成
このように富士フイルムは時代の流れに合わせて写真フイルムの会社から、メディカルシステムや医薬品を中心とする会社に変貌を遂げています。企業のホームページなどでどんな事業を行っているのか、どんな製品を販売しているかはもちろん、事業変遷や現在の主力製品も確認してみてください。企業の技術力や開発力、進化する力、変化する力を垣間見ることができるでしょう。
⦁ 利益の源泉をみよう
事業内容の見る中では、売上だけでなく利益にも注目してみてください。企業は売上だけでなく利益を追求しなければいけません。売上だけでなく利益を見なければ企業の実力はわかりませんし、利益率を見ることでその事業の特徴や企業の安定感を確認することができます。
<昭和電工>
前々回のコラムで総合化学メーカーが扱う基礎化学品は品質の差別化ができず、輸入品との価格競争により利益率が低いとお話ししました。しかしその中でも昭和電工の利益率は高く、製品材料や電子部品メーカーにも劣らない水準です。
本コラムでは便宜的に、昭和電工を総合化学メーカーに分類しました。しかし「①事業内容をみよう」でも紹介したとおり企業は事業を時代に合わせて変化させます。昭和電工はアルミニウム事業から始まりましたが、1960年代に石油化学の分野に進出し、エチレン・プロピレンなどの石油化学基礎製品やその誘導品を販売してきました。しかし海外での大型化学プラントの新設等で基礎製品の供給過剰などの影響を受け、2005年からは高い利益率を追求する高付加価値事業へ進出しました。
昭和電工のセグメント別の売上と利益をみてみると、石油化学事業が売上の多くを占めており、中心事業であることには変わりありませんが、利益の源泉は無機セグメントになっています。無機セグメントでは、研磨材、研削材、耐火材などのセラミックス製品、そして世界No.1シェアを誇る電気製鋼炉用の黒鉛電極などを提供しています。独自の技術や事業規模拡大による効率化により高い利益率を実現しています。
出所:昭和電工㈱決算説明資料より作成
化学メーカーは長い歴史の中で幅広い事業に展開し、主力商品も変わってきました。昭和電工もアルミニウムから始まり、石油化学に進出し、現在は高機能製品に注力しています。2020年4月には導体用材料、無機材料、樹脂材料、配線板材料、自動車部品、蓄電デバイス、電子部品、診断薬・装置など幅広い分野で事業を展開している日立化成(現社名:昭和電工マテリアルズ)を買収し、5Gや半導体の分野での成長・高利益率を目指しています。企業がどの分野で利益を稼いでいるのかは、企業分析に不可欠ですので事業別の売上・利益にも目を向けてみてください。
⦁ 他社と比較してみてみよう
他の産業と異なり、各企業が全く同じ分野で競合することはありませんが、他社と比較することでその企業の特徴が見えてきます。「①事業内容をみよう」、「②利益の源泉をみてみよう」で紹介した内容を踏まえて、ここでは総合化学メーカーのうち、売上収益上位4社を例にそれぞれの特徴を見てみましょう。
<三菱ケミカルホールディングス>
国内最大手の化学系企業グループです。三菱ケミカルの事業は食品や医療品のためのラベルやフイルム、自動車や航空機に用いる高機能ポリマーなど、さらにグループには田辺三菱製薬や大陽日酸などを保有しており、多岐に渡ります。この幅広い事業・製品群から売上は3兆5805億円にも上り、国内No.1化学メーカーです。
事業別に特徴を見てみると、売上はエチレンなど基礎製品を含むケミカルズセグメントが最も多く、メイン事業であるといえます。しかし基礎製品ですので利益率が低くなっています。一方、グループ会社の大陽日酸はじめとする産業ガスセグメントでは、独自のガス技術で幅広い分野に提供しており、三菱ケミカルの利益を支えていることがわかります。
現在の中期経営計画(2016年度~2020年度)では、機能商品、素材、ヘルスケア分野の事業を通じて、高成長・高収益型の企業グループをめざす基本方針を掲げており、機能商品セグメント、ヘルスケアセグメントの売上増加、利益率向上に期待です。
出所:有価証券報告書など開示より作成、以下同じ
<住友化学>
戦前から化学業界をリードしてきた歴史ある企業です。ポリエチレンなどの合成樹脂や合成繊維原料などの石油化学製品を主力事業として、国内のみならずシンガポールやサウジアラビアなど海外への進出も積極的です。実際に海外売上高比率は65%を超えており、他3社と比べて最も高い比率です。
基礎製品を含む石油化学セグメントが中核事業であるが利益率が低いことは三菱ケミカルと同様です。利益の源泉になっているのは医薬品セグメントです。前々回コラムで紹介のとおり医薬は特に利益率が高く、住友化学の利益の稼ぎ頭になっています。
現在は「ヘルスケア」「環境負荷低減」「ICT」「食糧」の4つを重点強化領域と位置付けており、医農薬はじめ省エネ・蓄エネ、超スマート社会など次世代事業の創出に注力しています。
<旭化成>
他の3社は基礎化学品を出発点に事業の多角化を行ってきましたが、旭化成はナイロン・レーヨン繊維から出発し、上流の原料ビジネスを応用して化学品に進出しました。
マテリアルセグメントでは石油化学や繊維素材のほかに高機能樹脂、エコタイヤ向け合成ゴムといった材料、 リチウムイオン電池向けの電子部品を扱っており、高利益率を維持しています。
ヘルスケアセグメントでは医薬品を取り扱う「旭化成ファーマ」、医療機器の「旭化成メディカル」、住宅セグメントではヘーベルハウスでおなじみの「旭化成ホームズ」、 住宅建材の「旭化成建材」などが高利益率に貢献しています。またその他事業ではサランラップに代表される家庭用品を扱うなど、原料から最終製品の分野まで他の3社よりも幅広い事業を行っています。
<三井化学>
石油化学を主力事業としており、中でもポリプロピレンに関しては国内首位の売上を誇っています。
基礎製品を含む基盤素材セグメントが中核事業であるが利益率が低いことは三菱ケミカル、住友化学と同様です。一方自動車産業に特化した化学素材ソリューションの提供するモビリティセグメントは高い利益率で利益構成比50%を占めており、三井化学の得意分野といえるでしょう。また他社が高利益率だがリスクが高い製薬事業を行っている一方で、三井化学はすでに製薬事業を手放していることも特徴です。このように他の総合化学メーカーに比べて、特定事業への選択と集中という戦略が明確に表れているといえます。
今後はモビリティ、ヘルスケア、フード&パッケージングと成長が見込みる領域に注力し、拡大・成長を目指しています。
⦁ 数字の意味を理解しよう
⦁ 決算書は数年分みよう
企業の決算を確認するときは数字の意味を理解したうえで、できるだけ複数年分をチェックするようにしてください。直近1年間の決算だけだと、その年だけ特殊要因が発生している場合もあり企業本来の実力や傾向が把握できないことがあるからです。
<クラレ>
クラレは高分子化学・合成化学の独自技術を基盤に、高付加価値な製品・技術開発を行っており、CMでも聞いたことがある方も多いと思います。世界シェアナンバーワン製品、世界オンリーワン製品を中心に、海外へも積極的に展開しており、2019年度決算では海外売上高比率が68%に達しています。
クラレの2019年度の決算を見てみると、売上高5,758億円、営業利益542億円、純利益▲20億円でした。純利益が赤字だなんてビジネスがうまく行ってない会社なんじゃないか、と思われる方もいるかもしれません。この純利益は通常の事業から得られる利益から一時的に発生する特殊要因も含んだ利益です。純利益の増減を確認すると、2019年度には「米国での訴訟関連」として大きな特別損失を計上していました。さらに1年遡ると2018年度にも減損損失などの特別損失が発生していたことがわかりました。
もちろん損失が発生していることは企業にとって望ましいことではありません。しかし事業そのものの実力を測るときには、この一時的な要因を考慮しなければいけません。事業の実力を測る営業利益を見てみると景気減速の影響をうけた液晶パネル向けの販売減少などから2年連続で減益となっているものの、着実に利益を獲得できており、2019年度の営業利益率は9.4%と高い収益性には変わりありません。
出所:㈱クラレ 決算説明資料等より作成
このように1年分の決算の数字や、その利益・数字が示す意味を把握しないまま決算をみても会社の実力を理解することはできません。決算書は数年分を、数字の意味を理解しながら決算書を見てみてください。企業がホームページで公開している決算説明資料には過去の推移や前年からの増減理由が丁寧に説明されていることもあるので、是非チェックしてみてください。
⦁ 話題のニュースとの関わりや企業のトピックスをみよう
話題のトピックスや社会問題との関りや、企業の最新のニュースはその企業が将来に向けて何を考え、何をしようとしているのかを知るきっかけになります。
例えば近年、海洋マイクロプラスチック問題が社会問題として取り上げられるようになりました。マイクロプラスチックと呼ばれる微小なプラスチックが生物に与える影響が問題視されています。このような社会問題に対して、化学メーカーは素材の力で解決しようと取り組んでいます。
<カネカ>
「カガクでネガイをカナエル会社」のCMでおなじみのカネカです。化成品、機能性樹脂、発泡樹脂製品、食品、ライフサイエンス、エレクトロニクス、合成繊維といった幅広い分野で機能性の高い素材を提供し、皆さんの生活を支えています。
カネカは、100%植物由来で、海水中でも生分解されるカネカ生分解性ポリマーPHBH(“PHBH”)の量産化を発表し話題になりました。このPHBHは、自然界に存在する多くの微生物により生分解され、最終的には二酸化炭素と水になるプラスチックです。土中だけでなく、これまで難しかった海水中での生分解を実現したことが特徴で、カネカは1990年代前半から長年に渡たる独自研究の結果、世界で初めて量産化に成功しました。
現在は大型工場の建設やセブンイレブンや資生堂と共同開発を進めており、素材の力で海洋マイクロプラスチック問題の解決をはじめ地球環境保護へ貢献することが期待されています。
素材の力は我々の生活を豊かにするだけでなく、様々な社会問題への解決策にもなり得ます。皆さんが関心のある社会問題に対して、その会社の製品がどのように貢献するのか、あるいは企業として社会問題をどう考え取り組んでいるのか確認してみましょう。企業のニュースリリースやIR資料が参考になりますので、是非チェックしてみてください。
おわりに
今回のコラムでは企業分析のポイントをご紹介してきました。企業のホームページや有価証券報告書、決算説明資料など、企業も自社のことを理解してもらうために様々な情報提供してくれています。今回紹介したポイント以外にも色々な視点から企業のことを知って、志望動機に反映してみてください。
さて3回に渡って就職活動のみならず社会にでても役立つような化学業界の特徴や、就職活動に生かせる情報をお届けしてきました。このコラムが就職活動はもちろん、今後仕事をしていく上で何かの役に立てば幸いです。皆さんが希望する会社に就職したり、希望する仕事に就けることを願っています。
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